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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)305号 判決 1997年8月26日

栃木県塩谷郡高根沢町宝積寺

土地区画整理組合保留地21-8

原告

居上英雄

東京都大田区田園調布2丁目24番31号

原告

田賀井秀夫

原告両名訴訟代理人弁理士

田中貞夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

森竹義昭

後藤千恵子

小池隆

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

「特許庁が平成4年審判第5470号事件について平成7年10月19日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和59年12月28日、名称を「板状ニューセラミックス複合材料並にその製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和59年特許願第279559号)したが、平成4年3月10日拒絶査定を受けたので、同年4月2日審判を請求し、平成4年審判第5470号事件として審理された結果、平成7年10月19日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月3日原告らに送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  耐熱性を有する、ガラス繊維、ロックウール、ハイアルミナ繊維、耐熱性金属繊維、ウイスカのうちより選ばれた1種類以上の繊維により形成された平面状組成物と、その片面または両面に付着され及び又は前記繊維組成物の織目内部に充填され結晶化しない範囲の温度と時間内で焼結され該平面状組成物に固着されているセラミックス組成物と、により成ることを特微とする、板状ニューセラミックス複合材料。(以下「本願第1発明」という。)

(2)  前記耐熱性を有する繊維により形成された平面状組成物の片面側又は両面にセラミックス組成物を付着させた後、平板状に成形する圧延手段により圧着して一体化し、次いで、結晶化しない範囲の温度と時間内で、焼結されることを特徴とする板状ニューセラミックス複合材料の製造方法。(以下「本願第2発明」という。)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1、第2発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  特開昭52-21008号公報(甲第4号証。以下「引用例」という。)には、「セラミックファイバ層の表面に溶融珪酸質、マグネシア質、アルミナ質、窒化珪素質、炭化珪素質から選ばれる耐火粉末を充填せしめることを特徴とするセラミックファイバ被覆一体構造耐火物の製造方法」が記載されている。(特許請求の範囲)

そのねらいとするところは、「従来から密度を上げて機械的強度の向上を計った耐火物はあるが、その耐火物は脆くクラックが入り易かったり、断熱性が劣ったりするという欠点がある」ところから、この「事情にかんがみなされたもので、充分な機械的強度を有するとともに、断熱性の優れたセラミックファイバ被覆一体構造耐火物の製造方法を提供することを目的とする。」ものである。(甲第4号証1頁左下欄下から6行ないし右下欄3行)

そのために、「セラミックファイバ層の表面に耐火粉末を充填することにより、該セラミックファイバ層内に該耐火粉末が滲み込み、形成された耐火材とセラミックファイバ層とが強固に結合し、さらに高温度に熱せられると該耐火材とセラミックファイバ層との界面が溶融反応して一層強固に結合」し、この結果「得られたセラミックファイバ被覆一体構造耐火物は熱衝撃によって耐火材にクラックが入ってもセラミックファイバ層から剥離するのを防止できる」に加え、「得られたセラミックファイバ被覆一体構造耐火物はセラミックファイバ層による弾力性、強靱性、断熱性および軽量と、このセラミックファイバ層に形成した耐火材による高い機械的強度とを併せもつという」作用効果が発揮されるものである。(同2頁左上欄4行ないし19行)

その「セラミックファイバ被覆一体構造耐火物」の形状、構造等について具体的に開示するところは、「板状のアルミナーシリケート系ファイバ層に」、「耐火粉末」等を「キャスティングした後、300℃の温度下で乾燥せしめて」、「アルミナーシリケート系ファイバ層」に・・・耐火材2を一体的に形成した板状」品(同2頁右上欄実施例1)、あるいは「中空成形体」であって「1000℃で焼成せしめ」た「円筒状」品(同2頁右上欄ないし左下欄実施例2)が記載されている。

すなわち、引用例は、「セラミックファイバ層」に「耐火粉末を充填せしめ」た「一体構造」物を提供することにより、単に「密度を上げ」た従来「耐火物」に比し、「剥離・・・防止」、「弾力性」、「強靱性」等に優れた「耐火物」を提供しようとするものであって、「板状」形状のものも、あるいはさらにその物理的性状は使用時の熱的条件の下で焼結される、いわゆる不焼成耐火物に属する乾燥段階でとどめてなる性状のものから、焼結段階のものまで広く対象として含んでいるものである。

(3)  引用例の「セラミックファイバ層」、「耐火粉末」及び両者の「充填」、「滲み込」む関係は、夫々本願第1発明の「耐熱性を有する、繊維により形成された平面状組成物」、「セラミックス組成物」及び両者の「付着」、「織目内部に充填され」る関係に同義であり、「一体構造物」には板状焼結品が含まれているので、結局、本願第1発明と引用例は、共に、耐熱性を有する繊維により形成された平面状組成物と、その片面または両面に付着され、そしてその織目内部に充填、固着されているセラミック組成物と、により成る繊維-セラミックス板状複合焼結品において共通するものである。ただ、両者は、その平面状組成物の材質について、本願第1発明はガラス繊維を始めとする数種類のものを選定しているのに対して、引用例にはかゝる材料選定についてまでは具体的に記載するところがない。また、その焼結品は、本願第1発明は「結晶化しない範囲の温度と時間内で」焼結されたものであるとしているのに対して、引用例にはこの点について記載するところがない、点で相違している。

(4)  本願第1発明において、その平面状組成物の材質を選定、限定した点は、引用例に例示されたアルミナーシリケート系ファイバをも含め、これ以外の耐熱性繊維と比較、言及した記載はない。すなわち、耐熱性繊維として周知のものを単に列挙したものにすぎないので、結局、この選定、限定は格別困難なこととはいえないもので、当業者の適宜なしうる材質限定というにすぎないものであり、その効果も予想しうるところを出るものでもない。

また、本願第1発明において、その焼結品について「結晶化しない範囲の温度と時間内で」焼結されたものであるとしたところは、その意味、意議について記載するところがない。但し、「生地シート」から「板状焼結体」を得るプロセスを開示した「実施例1」には、焼結品を得るための焼結温度と時間が記載されており、他には記載するところはないので、「結晶化しない範囲の温度と時間内で焼結され」る旨の焼結条件を特定、解釈しうる根拠となりうるものは唯一「実施例1」に基づくしかない。

「実施例1」に記載する焼結温度と時間の意義は、「結晶化」云々に結びつけて言及する記載は全く存在せず、ただ焼結品を得るためのものでしかないものである。すなわち、「1150℃」なる焼結温度は通常の温度であり、通常の焼結温度に基づき短時間で焼結させたものであるというにすぎず、これは当業者において適宜規定しうる焼結条件というにすぎない。そして、その効果も格別とはいえない。

以上のとおりであるので、本願第1発明は、その出願前頒布された引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(5)  また、本願第2発明は、本願第1発明の「板状ニューセラミックス複合材料」の製造方法を提案、開示するものであり、引用例と対比すると本願第1発明と同様の相違点が存するに加え、板状体を得るための成形手段が本願第2発明では「圧延手段」に基づくとしているのに対し、引用例にはこの手段について記載するところがない点でも相違し、その余は共通、一致するものである。

本願第2発明における「圧延手段」には、「ローラー」あるいは「平板プレス」によるものを含むものであり、この手段により被圧延材料を密に圧着し平板状に成形するものである。

しかしながら、一般に、塑性加工技術において、平板状に成形する手段として、ないしは高密度に平板状に成形する手段として、あるいは物同士を圧着する手段として、「圧延手段」は周知の手段であって、成形加工手段によって成形されるセラミックスの分野においてもその例外ではなく、繊維補強構造のものにおいてもその例外ではない。(この点必要ならば、特開昭51-82303号公報、特開昭51-34907号公報、特開昭58-172276号公報を参照のこと)

すなわち、本願第2発明において、「圧延手段」に基づくとしている点は、何ら困難なことではなく、その効果も予想しうるところを出るものでもない。そして、その余の相違点も格別困難なことではないこと本願第1発明で述べたとおりである。

以上から、本願第2発明も、その出願前頒布された引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、引用例が「板状」形状のものを含んでいるとの点は否認するが、その余は認める。同(3)のうち、相違点の認定は認めるが、その余は争う。同(4)は争う。同(5)のうち、相違点の認定、及び、本願第2発明における「圧延手段」には、「ローラー」あるいは「平板プレス」によるものを含むものであり、この手段により被圧延材料を密に圧着し平板状に成形するものであることは認めるが、その余は争う。

審決は、本願第1、第2発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤り、かつ、相違点の判断を誤って、本願第1、第2発明の進歩性についての判断を誤ったものである。

(1)  一致点の認定の誤り(取消事由1)

引用例(甲第4号証)には、引用例記載の方法によって製造されるセラミックファイバ被覆一体構造耐火物の形状が「板状」であるとは記載されていない。

引用例に記載されているものは、厚板小片のレンガであって、これは溶融鉄鋼の容器のごとき、円筒状の耐火容器の一部にすぎず、製品としての「板状品」ではない。すなわち、引用例のセラミックファイバ被覆一体構造耐火物は、製品としての耐火物であり、これは、「板状」ではなく、「円筒状」である。

これに対し、本願第1、第2発明の板状ニューセラミックス複合材料は大形薄板である。

そして、本願第1発明のものは約1000℃に耐える耐熱性建材であるのに対し、引用例のものは1500℃以上の耐火度を有する耐火物炉材であるから、両者は、耐熱性の点で500℃以上の差があり、技術分野、目的及び材質が相違する。

したがって、本願第1、第2発明と引用例記載の発明との一致点の認定は誤りである。

(2)  相違点の判断の誤り(取消事由2)

<1> 本願第1、第2発明は、平面状組成物を形成する繊維として耐熱性繊維を用いることにより、出願前には存在しなかった大形薄肉セラミックス板を提供することがてきるものであり、その効果は、当業者が予想できないものである。

本願第1、第2発明で用いる耐熱性繊維自体は公知であるが、繊維状CaO・SiO2との組合わせによる相乗効果は従来技術には見いだせない。本願第1、第2発明は、大形薄肉化のための材料選定、及び他の技術手段との組み合わせによる、顕著な複合効果を有するものであり、審決はこの点を看過している。

したがって、本願第1、第2発明において、平面状組成物の材質を選定、限定した点について、耐熱性繊維として周知のものを単に列挙したものにすぎないので、当業者の適宜なしうる材質限定というにすぎないものであり、その効果も予想しうるところである、とした審決の判断は誤りである。

<2> 本願第1、第2発明は、「結晶化しない範囲」の温度と時間で焼結することを要件としているが、この要件は、従来技術には存在しない。実施例1の焼結温度1150℃は、通常の焼結温度ではなく、使用する材料、材質に関連する焼結温度である。そして、このような「結晶化しない範囲」の温度を焼結温度として選択することによる効果は顕著である。

被告は、上記顕著な効果を正確に理解していない。

例えば、βCaO・SiO2は1250℃以上でα型となり、更に温度を上げると、他の物と結合し、結晶化すれば粒状化し、細長状結晶ではなくなるので、引張り強度は低下する。このような性質の耐火材料において、「結晶化しない範囲」の温度と時間で焼結することは、新規な技術手段で、引用例にも示されていないのであって、当業者が適宜設定しうる焼結条件ではない。

したがって、実施例1に記載された焼結温度「1150℃」について、通常の温度であり、当業者において適宜規定しうる焼結条件というにすぎず、その効果も格別とはいえない、とした審決の判断は誤りである。

<3> 圧延手段自体は周知であるが、本願第2発明は圧延手段を採用することにより、明細書記載の顕著な効果を奏するものである。

したがって、本願第2発明において、圧延手段に基づくとしている点は何ら困難なことではなく、その効果も予想しうるところである、とした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告ら主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

引用例(甲第4号証)には、板状のアルミナーシリケート系ファイバ層に、耐火粉末等をキャスティングし、アルミナーシリケート系ファイバ層に耐火材2を一体的に形成した板状品が記載されている。

したがって、審決の一致点の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

<1> 本願第1、第2発明における平面状組成物を形成する繊維は、耐熱性繊維として周知のものであり、かかる材質のものを選定することは当業者において容易に想到しうることである。そして、耐熱性繊維を使用することによる本願第1、第2発明の効果も耐熱性繊維自体の性質によってもたらされるものである。

原告らは、特定の材質の耐熱性繊維を使用したことによる効果として大形薄肉化を挙げているようであるが、本願明細書には、どこにも他の材質との対比についての言及はなく、大形薄肉化が特定の材質によって奏せられる効果であるとすることは不自然である。

<2> 本願明細書には、「結晶化しない範囲」の温度と時間で焼結することの技術的意義について記載されていない。

本願明細書の実施例1に記載されている焼結温度1150℃は通常の焼結温度である。そして、この条件により焼結することにより、被焼結物、すなわち耐熱性を有する繊維により形成された平面状組成物とその片面又は両面に付着され、織目内部に充填されたセラミックス組成物とからなる被焼結物が、この状態にて焼結され、その結果、得られたものは通常のセラミックス焼結体としての特性を有し、また可撓性等の繊維体としての特性とを併せもったものが得られるであろうことは予想しうるところであり、このような焼結体が得られることは、通常の焼結条件によって焼結する引用例においても生じており、本願第1、第2発明において特有のことではない。

<3> 圧延手段は周知の手段であり、セラミックスの分野において繊維補強構造のものを得ることにおいてこの手段を適用することは例外ではなく、何ら困難性はない。

したがって、審決の相違点の判断も誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、引用例に審決摘示の事項が記載されていること、本願第1、第2発明と引用例記載の発明との相違点が審決認定のとおりであることについても、当事者間に争いがない。

2  取消事由1について

(1)  本願明細書(甲第3号証、乙第1号証)によれば、本願第1、第2発明は、構造物用可撓性耐火板状材料、耐熱性機械部材、電気絶縁性耐火板状材料、機械的加工用板状材料等として、広く産業上の利用が可能な板状ニューセラミックス複合材料及びその製造方法に関するものものであって、従来の板状セラミックス材料においては、セラミックス材料の特性(耐熱性、耐火性及び化学的耐蝕性に優れ、強度も大である反面、脆くて破損しやすい。)に起因して亀裂が入りやすく、機械加工性が殆どなく、実用性に欠けるという欠点があり、また、一方で、従来の耐熱性繊維組成物(例えば耐熱性織布)においては、軟弱で破損しやすいという欠点を有していること、従来の板状セラミックスの製造方法において広く利用されているドクターブレード法は、多くの工程を必要とし、生産性が低く、低廉な価格では製造できないことに加え、生産された物も厚さが不均一で、亀裂が入りやすいといった欠点があることから、これらの欠点を除去して、亀裂の非常に入りにくく歪曲のない板状ニューセラミックス複合材料と、その製造方法とを提供することを目的として(甲第3号証1頁右下欄6行ないし2頁右上欄10行)前示要旨のとおりの構成を採択したものであり、本願発明に係る板状ニューセラミックス複合材料は、優れた可撓性を有し、かつ、電気絶縁性にも優れていることから、建設用不燃可撓材、可撓性機械部材、可撓性電気絶縁物等として優れた性能を発揮することができるという効果を奏するものであること(同3頁右下欄10行ないし4頁左上欄7行)が認められる。

(2)  審決に摘示されている引用例(甲第4号証)の記載事項(この点は上記のとおり当事者間に争いがない。)によれば、引用例記載の発明は、断熱性、強靱性等の特性を改善したセラミックファイバ被覆一体構造耐火物の製造方法に関するものであって、従来、密度を上げて機械的強度の向上を図った耐火物は存在するが、その耐火物は脆くクラックが入りやすかったり、断熱性が劣ったりするという欠点があることから、十分な機械的強度を有すると共に、断熱性、弾力性、強靱性に優れたセラミックファイバ被覆一体構造耐火物を製造することを目的とするものであって、セラミックファイバ層の表面に耐火材(粉末)を充填し、かつ、セラミックファイバ層内に耐火材(粉末)を滲み込ませて、耐火材とセラミックファイバ層とを強固に結合せしめ、さらに、高温度に加熱し、耐火材とセラミックファイバ層との界面の溶融反応により、一層強固に結合せしめることを特徴とし、このことにより、耐火材による高い機械的強度と、セラミックファイバ層による優れた弾力性、強靱性、断熱性及び軽量性と共に、クラックの発生による剥落を防止でき、炉の内張材等に好適な耐用寿命の長いセラミックファイバ被覆一体構造耐火物を提供することができるものであることが認められる(なお、引用例は、「セラミックファイバ層」に「耐火粉末を充填せしめ」た「一体構造」物を提供することにより、単に「密度を上げ」た従来「耐火物」に比し、「剥離・・・防止」、「弾力性」、「強靱性」等に優れた「耐火物」を提供しようとするものであって、その物理的性状は使用時の熱的条件の下で焼結される、いわゆる不焼成耐火物に属する乾燥段階でとどめてなる性状のものから、焼結段階のものまで広く対象として含んでいるものであることについては、当事者間に争いがない。)。

そして、引用例(甲第4号証)には、「本発明に使用するセラミックファイバ層としては、たとえばアルミナーシリケイト系ファイバ層、石綿層等を挙げることができる。また、本発明に使用する耐火粉末とは、溶融珪酸質、マグネシア質、アルミナ質、窒化珪素質、炭化珪素質から選ばれる1種または2種以上の粉末である。」(1頁右下欄11行ないし17行)と記載され、実施例1として、「50~100メッシュのアルミナ粉と10メッシュ以下のマグネシア粉との耐火粉末100重量部にアルミナセメント10重量部、水3重量部を添加混合して混練物とし、これを厚さ30mmの板状のアルミナーシリケート系ファイバ層にキャスティングした後、300℃の温度下で乾燥せしめて・・・アルミナーシリケート系ファイバ層1にアルミナーマグネシア質耐火材2を一体的に形成した板状のセラミックファイバ被覆一体構造耐火物3を得た。得られた耐火物を炉の内張材として使用したところ、断熱作用が優れ、かつその耐火材に亀裂が発生しても剥落しないことが確認された。」(2頁右上欄2行ないし14行)、実施例2として、「50メッシュ以下の溶融石英粗粉と50~150の溶融石英粉と320メッシュ以上の溶融石英微粉とからなる耐火粉末を水に分散せしめて泥漿物とし、この泥漿物を外径160mm、内径120mmの筒状のアルミナーシリケート系ファイバ層とこのファイバ層の中央に挿置した外径40mmの石膏製中子との間に鋳込成形した後、該中子を抜き取った中空成形体を1000℃で焼成せしめて円筒状のセラミックファイバ被覆一体構造耐火物を得た。得られた耐火物は断熱性、軽量性に優れ、かつ高熱をあててその耐火材クラックが発生してもセラミックファイバ層から剥離することがなかった。」(2頁右上欄16行ないし左下欄9行)と記載されていることが認められる。

以上によれば、引用例には、セラミックファイバ層と、同ファイバ層の表面及び内部に充填され、所定の温度による加熱により、焼結・固着されている耐火材(溶融珪酸質、マグネシア質、アルミナ質、窒化珪素質、炭化珪素質から選ばれる1種又は2種以上の耐火粉末)とから構成される板状セラミックファィバ被覆一体構造耐火物が実質的に記載されているものと認められる。

(3)  ところで、セラミックスが耐火、耐熱材料であり、セラミックファイバが耐熱性繊維であることは技術常識であるから、本願第1、第2発明における「耐熱性を有する繊維により形成された平面状組成物」、「セラミックス組成物」が、それぞれ引用例記載の発明における「セラミックファイバ層」、「耐火材」と基本的に同じものであることは明らかである。また、本願第1発明における「『平面状組成物』の片面又は両面に付着され及び又は前記繊維組成物の織目内部に充填され」、「焼結され該平面状組成物に固着され」が、技術的意味において、それぞれ引用例記載の発明における「『セラミックファイバ層』の表面及び内部に充填され」、「同ファイバ層に焼結・固着され」と同じであることは明らかである。そして、引用例には、板状セラミックファイバ被覆一体構造耐火物が記載されており、その形状は「板状」である。

したがって、本願第1、第2発明と引用例記載の発明とは、耐熱性を有する繊維により形成された平面状組成物と、その片面または両面に付着され、そしてその織目内部に充填、固着されているセラミック組成物と、により成る繊維一セラミックス板状複合焼成品である点、及びその製造方法である点で共通している、とした審決の認定に誤りはないものというべきである。

(4)  原告らは、引用例のセラミックファイバ被覆一体構造耐火物は「板状」ではなく、「円筒状」である旨主張するが、上記(2)に認定のとおり、引用例には、「平板状のもの」(実施例1)と「円筒状のもの」(実施例2)を製造する実施例が記載されており、引用例の耐火物の形状を「円筒状のもの」に限定して解すべき理由もないから、上記主張は採用できない。

また原告らは、本願第1発明のものは約1000℃に耐える耐熱性建材であるのに対し、引用例のものは1500℃以上の耐火度を有する耐火物炉材であるから、両者は、耐熱性の点で500℃以上の差があり、技術分野、目的及び材質が相違する旨主張する。

しかし、本願第1、第2発明と引用例記載の発明とが、技術分野及び目的において共通していることは、前記(1)、(2)で説示したところから明らかである。

次に、本願第1発明が耐熱性建材に限定されないことは上記(1)に認定したところから明らかであるし、特許請求の範囲において、本願第1発明に用いられる繊維組成物の耐熱温度が約1000℃と規定されているわけでもない。ちなみに、本願明細書には、実施例1について、「耐熱性を有する繊維組成物の基材としてはイソライト工業(株)製の強カオウールエースペーパーを用いた。このものは耐熱性は1260〔℃〕程度で、組成は重量でAl2O347.3〔%〕、SiO252.3〔%〕・・・であった。」(甲第3号証3頁左上欄末行ないし右上欄4行)と記載されており、実施例1記載の板状ニューセラミックス複合材料は1000℃以上の温度にも耐えるものである。

一方、甲第2号証には、「耐火物」について、1500℃以上の耐火度をもつ非金属物質またはその製品をいい、一部金属が使用されているものも含むと定義されているが、これは、耐火物についての一般的な定義であって、所期の目的をもって選定された耐火・耐熱材料で構成される特定の耐火物に直ちに当てはまるものということはできない。引用例の実施例1では、セラミックファイバ層を形成する繊維としてアルミナーシリケート系ファイバを用いているが、本願発明の実施例1に用いられた上記のような組成から成る繊維組成物の上記耐熱温度からしても、上記アルミナーシリケート系ファイバの耐熱温度が1500℃以上のものであることついては疑わしく、引用例のセラミックファイバ被覆一体構造耐火物が1500℃以上の耐火度を有するものと即断することはできない。

したがって、原告らの上記主張は採用できない。

(5)  以上のとおりであって、審決の一致点の認定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

3  取消事由2について

(1)<1>  本願第1、第2発明において「平面状組成物」を形成する耐熱性灘について、本願明細書には、「本発明の基材である、耐熱性を有する繊維とは、耐熱性を有する、ガラス繊維、ロックウール、ハイアルミナ繊維、チタン、タングステン、ジルコン等の耐熱性金属繊維及び又はウイスカ、或いは上記各種の繊維の混合物を意味する。」(乙第1号証3頁4行ないし9行)と記載されているだけで、他に、耐熱温度等の耐熱特性、機械的特性、繊維の性状・形態等、耐熱性繊維において必要とされる事項についての記載はないことからすると、本願第1、第2発明において、平面状組成物として耐熱性の要求を満たす繊維は、ガラス繊維、ロックウール、ハイアルミナ繊維、チタン、タングステン、ジルコン等の耐熱性金属繊維及び又はウイスカ等の周知の耐熱性繊維から適宜1種類以上を選択すれば足りるということであると解される。

そうとすると、本願第1、第2発明において平面状組成物の材質を選定、限定した点は格別困難なことではなく、当業者が適宜なしうるものというべきであり、この点についての審決の判断に誤りはない。

<2>  原告らは、本願第1、第2発明は、平面状組成物を形成する繊維として耐熱性繊維を用いることにより、出願前には存在しなかった大形薄肉セラミックス板を提供することができるものであり、その効果は、当業者が予想できないものである旨主張する。

本願明細書には、本願第1、第2発明の形状に係る「板状」について、「こゝで上記板状とは本発明の場合は特に厚さ3〔mm〕以下の大型のシート状のものも含まれ、各種厚さの正方形、矩形の平板状のものを意味する。」(甲第3号証2頁左下欄8行ないし10行)と記載され、かつ、実施例1において、「厚さ1.0〔mm〕の板状焼結体」(同3頁右上欄13行)を製造したことが記載されているが、これらの記載以外に、大形薄肉セラミックス板の具体的態様(厚さ、寸法等)、及び、それと耐熱性繊維の選択とを関連づける技術的事項については記載されていない。

したがって、本願明細書の記載からは、耐熱性繊維を選択したことと、大形薄肉セラミックス板の提供との技術的関連性を把握することができず、原告らの上記主張は本願明細書の記載に基づかないものというべきであって採用できない。

また原告らは、本願第1、第2発明における耐熱性繊維と繊維状CaO・SiO2との組合わせによる相乗効果は従来技術には見いだせず、本願第1、第2発明は、大形薄肉化のための材料選定、及び、他の技術手段との組み合わせによる、顕著な複合効果を有するものである旨主張する。

しかし、本願明細書には、大形薄肉セラミックス板の具体的態様(厚さ、寸法等)、及び、それと耐熱性繊維の選択とを関連づける技術的事項が記載されていない以上、上記相乗効果が具体的にどのようなものをいうのか把握、理解することができず、したがって、原告らの上記主張は本願明細書の記載に基づかないものとして失当といわざるを得ない。

(2)<1>  本願明細書には、本願第1、第2発明において、セラミックス組成物を結晶化させないことの結晶学的意義、もしくは、セラミックス組成物の焼結に際し、「結晶化しない範囲」の温度と時間を選択することの技術的意義について記載されていない。実施例1においては、「1150〔℃〕で5分間」(甲第3号証3頁右上欄12行、13行)の焼結条件で焼結を行ったことが記載されているが、この温度及び時間が、セラミックス組成物を「結晶化しない範囲」の温度と時間であることは、本願明細書には記載されていない。

そして、上記焼結の作用効果は、平面状組成物を形成する耐熱性繊維の表面及び内部にセラミック組成物を焼結・固着せしめることであるから、この作用効果は、引用例記載の発明において、耐火材(粉末)をセラミックファイバ層の表面及び内部に充填し、所定の温度の加熱により焼結・固着せしめることによる作用効果と実質的に異なるところはないものと認められる。

上記のとおり、本願明細書には、本願第1、第2発明における「結晶化しない範囲の温度と時間内」という焼結条件を有意のものとして裏付ける結晶学的意義及び技術的意義が記載されておらず、かつ、上記焼結条件に従う焼結の作用効果が公知の作用効果と実質的に異なるところはないものと認められる限りにおいて、本願第1、第2発明において規定する上記焼結条件は、セラミックス組成物の焼結にいて用いる通常の焼結条件であり、当業者が技術常識に基づき適宜設定できるものであると解するのが相当である。

したがって、これと同旨の審決の判断に誤りはない。

<2>  原告らは、「結晶化しない範囲」の温度と時間で焼結することは従来技術には存在せず、本願明細書に記載されている実施例1の焼結温度1150℃は、通常の焼結温度ではなく、使用する材料、材質に関連する焼結温度であり、この焼結温度による効果は顕著である旨主張するが、本願明細書には、上記主張を裏付ける技術的事項は記載されておらず、採用できない。

また原告らは、βCaO・SiO2は1250℃以上でα型となり、更に温度を上げると、他の物と結合し、結晶化すれば粒状化し、細長状結晶ではなくなるので、引張り強度は低下するが、このような性質の耐火材料において、「結晶化しない範囲」の温度と時間で焼結することは、新規な技術手段で、当業者が適宜設定しうる焼結条件ではない旨主張するが、本願明細書には、上記主張を裏付ける技術的事項は記載されておらず、採用できない。

(3)<1>  本願第2発明における「圧延手段」には、「ローラー」あるいは「平板プレス」によるものを含むものであり、この手段により被圧延材料を密に圧着し平板状に成形するものであることは、当事者間に争いがない。

ところで、圧延手段は押圧手段として周知であり(この点は原告も認めるところである。)、しかも、甲第5号証及び第6号証によれば、セラミックスの技術分野においても、平板状のセラミックス材料を製造するに際し、圧延手段を採用することは周知であることが認められるから、耐熱性繊維により形成された平面状組成物を平板状に成形するため、圧延手段を採用することは、当業者において容易になしうることと認められる。

そして、平面状組成物を形成する耐熱性繊維の織目内部及び又は組織内部へのセラックス組成物の圧着・浸透は、平面状組成物上のセラミックス組成物を押圧することにより達成されるものであるから、当業者が、圧延手段の採用により得られる作用効果として容易に予想できるものである。

したがって、本願第2発明において、圧延手段に基づくとしている点は何ら困難なことではなく、その効果も予想しうるところを出るものではない、とした審決の判断に誤りはない。

<2>  原告らは、本願第2発明は圧延手段を採用することにより、明細書記載の顕著な効果を奏するものである旨主張するが、上記<1>に説示したところに照らして採用できない。

(4)  以上のとおりであって、審決の相違点の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

4  よって、原告らの本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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